それは突然のことだった。TRACKSから一枚の葉書が...。
読んだ瞬間、なんだか体から力がすぅーっと抜ける気がした。嘘であって欲しい。そう願った。
思えば、私が 1988年に福岡に越してきてから、TRACKSは最も入り浸ったレコードショップだった。当時「TOWER RECORDS KBC」という店名で AREA DUEXビルに入っていたが、当時はまだ珍しかった直輸入盤が、数え切れないほどの品揃えがあるのと、その雑多とした店の雰囲気と、そしてなにより OJCレーベルの LPをきちんと取り揃えてくれているのが何よりのお気に入りで、殆ど毎日のように通った。本家タワーレコードが福岡に直営店を置いたのを機に、TRACKSと店名を替えたので店の雰囲気が変わったのではと心配したが、店の魅力は以前にも増して輝くようになった。AREA DUEXビルが倒産したとき、どうなることかと心配したが、ZEEX天神ビルで再起*を果たしてくれた。
福岡にはこの後、HMV, Virgin...続々とCDショップが上陸した。勿論、私も「これで福岡の洋楽シーンがさらに広がるのではないか」と期待した。しかし、これらは私の期待を大きく裏切ったものだった。どれをとっても何の特徴もない、ただ単にビルボードのチャートにランクインしているCDを安価に大量に置いてあるというだけ。ショップとしてのソウルやスピリッツのかけらも感じられない。むしろ、音楽文化の画一化と均質化を強力に推し進め、ワールドミュージックの個性を消し去ってしまうような、私にとっては本当にしょうもないショップだらけだった。そんな中、福岡でTRACKSが頑張ってくれていることを、私は本当に誇りに思っていた。しかし、いつしか世間はTVでかかる曲しか聴かなくなり、文化としての音楽に何の関心も持たなくなってきたのか? 音楽は、ファッションと同じ、単なる流行りモノでしかなくなったのか? TRACKSがまさに今消えようとしている、この福岡という街が、ふとしょうもない街に見えてきた。
TRACKS閉店セールは大盛況だと言う話を聞いた。だが、なかなか行く気にはならなかった。経営が苦しくなってきたなら、苦しいと公表して欲しかった。突然一方的に消えないで欲しかった。支えきれなかった...そんな後悔が足を向かわせまいとしていた。
閉店当日にようやく重い腰を上げて、ジークスへ出かけた。時刻は 19:20。10年間通いつづけた TRACKSは、あと40分で消えてなくなってしまう。店内に入ると、もう、在庫は殆どなかった。残り僅かの棚から、CDを2枚持ってレジに向かう。ポイントで清算すると、タダになった。レジの娘が「こちらで清算できますので、無料になりました。永い間ありがとうございました」と軽く会釈をした。レシートには、「ナガイアイダ アリガトウゴザイマシタ」と書いてあった。本当になくなるんだという実感が急に込み上げてきた。閉店の瞬間まで居ることができず、逃げるように店を後にした。
もう、福岡でOJCレーベルのLPを買うこともなくなるのだ...。